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東京高等裁判所 昭和34年(行ナ)1号 判決

原告 株式会社三葉製作所

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「昭和三十二年抗告審判第二、一二四号事件について、特許庁が昭和三十三年十二月二十四日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二、請求の原因

原告代理人は、請求の原因として次のように述べた。

一、原告は、昭和三十一年二月十日別紙記載のように「三葉」の文字を縦書にし、その下方に「みつば」の文字を左横書きに結合した商標について、第六十九類電気機械器具及びその各部並びに電気絶縁材料を指定商品として、登録商標第三五六、八一六号、第三五八、四六六号、第三六二、二一四号の連合商標として、登録を出願したところ(昭和三十一年商標登録願第三、八二三号事件)、昭和三十二年八月三十日拒絶査定を受けたので、同年十月十五日右査定に対し抗告審判を請求したが(昭和三十二年抗告審判第二、一二四号事件)、特許庁は昭和三十三年十二月二十四日原告の抗告審判請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は昭和三十四年一月八日原告に送達された。

二、審決は、原告の出願にかかる商標を「みつば」「三葉」と認定した上、別紙記載のように、中央に白抜きの細い縦線を有する黒色に塗潰しの楕円形を三個等角放射状に組み合せた図形からなり、第六十九類電気機械器具及びその各部並びに電気絶縁材料(但し発電機、電動機、変圧機その他旧第十七類に属する電気器具及びその各部、電灯球、電気医療器その他これ等の類似品を除く)を指定商品として登録された登録第三一六、二〇九号商標を引用し、「両商標の類否を検討するに、その構成が上記のとおりであるから、外観上は互に区別し得ることは言をまたないが、前者は「ミツバ」の称呼及び「三葉」の観念を有すること明らかであるに対し、後者も三個の葉を組み合せてなるものとするのが社会通念に照し相当とし、又このような構成の図形を有する紋章についても、三葉牡丹、三葉桔梗等と呼ばれている事実に徴しても「ミツバ」(三葉)の称呼、観念を有するものといわなければならないから、両者はその称呼及び観念を共通にし、互に相紛わしく、取引上混淆を免れない類似の商標であると認めざるを得ない。そしてその指定商品において互に牴触すること明らかであるから、本願の商標は、商標法第二条第一項第九号に該当し、これを登録することができないものと認める。」とした。

また原告が「本願の商標は引用商標の登録出願前から同人においてこれを使用し来り、その登録出願当時すでに取引者又は需要者間に広く認識されたものである。」と主張したのに対し、「その提出に係る書証を以てしては、未だその主張事実を認めるに足りるものとは認められないし、又かりにその主張するところが真実であるとしても、引用登録商標の登録を無効とすべき理由となつても、本願の商標が商標法第二条第一項第九号の適用を免れる理由とはならない。」として、その主張を採用しなかつた。

三、しかしながら審決は、次の点において違法であつて取り消されるべきものである。

(一)  引用商標の図形は、描出態様平面から見たタケすなわち竹であつて、原告の商標のように三葉「みつば」と称呼、観念された事実はない。

審決は、引用商標の図形を有する紋章についても三葉牡丹、三葉桔梗と呼ばれている事実に徴しても、「ミツバ」(三葉)の称呼、観念を有するものといわなければならないと認定したが、その認定はそれ自身撞着矛盾するところがあるばかりでなく、引用商標の描き方を仔細するときは、単なる紋章であるのか、植物の葉であるのか不明で、引用商標権の所有者である訴外岩崎通信機械株式会社の広告中にも、単にこの図形を示すのみで、何等の称呼も書いていないから、これを何と呼ぶか不明である(甲第十七、十八号証の各一、二参照)。かかる図形は社会通念に照らし、一種の記号とみるべきであり、従つてこれに対し「三葉」又は「ミツバ」の称呼をつけることは独断的で、適当でない。仮りにこれを植物の葉であるとすれば、タケすなわち竹の葉である(甲第十六号証の二の九参照)。もし審決のように、引用商標が社会通念上「ミツバ」(三葉)であるならば、引用商標が一般に「ミツバ」(三葉)として称呼観念されていることを証する事実が提示されなければならない。社会通念という語は、「社会一般に行きわたつている常識又は判断となつている。この意味を本件商標と引用商標及び審決が援用した紋章の三葉牡丹、三葉桔梗とに照合するときは、審決は社会通念の言葉を、本件商標の登録を拒絶せんがために悪用したものであり、かつ審決援用の紋章の三葉牡丹、三葉桔梗と審決とに撞着矛盾があることが明白となつて来る。すなわち審決のいうところの社会通念が正しいならば、三個の葉を組み合せたものは笹であろうと、牡丹であろうと、桔梗であろうが、柏であらうが、すべて単純に「ミツバ」「三葉」と称呼し、観念することが、社会一般に行きわたつている常識でなければならない。しかるに事実はこれに異り、銀杏の葉を三枚組み合せるときは三銀杏と呼ばれ「ミツバ」又は「三葉」ではなく、また同じ銀杏の葉三枚でもその組み合せ方によつて三寄り銀杏又は六角三銀杏と呼ばれている。その他牡丹、柏、菫、桔梗についても同様であり、三枚の葉を組み合せたもの必ずしも「ミツバ」と称呼され、三葉と観念されないもので、それぞれ特有の植物の固有名詞を不即不離に結合して、称呼し、観念するのが社会の実情である。

審決はこの事実を全く無視したものであるばかりでなく、本件商標と引用商標との関係に、「ミツバ」「三葉」の称呼をされ、観念されるために、社会通念なるものが全然ないのに、これあるが如く主張したことは、こじつけも甚だしく到底承服できない。ことに審決が三葉牡丹、三葉桔梗を援用したこと自体、単純に「ミツバ」「三葉」の称呼、観念のないことを暴露したものといわなければならない。

引例商標は、その描出模様から陰三枚笹であることは明らかである(甲第十六号証の二の九参照)。従つて「カゲサンマイササ」の称呼と「裏三枚笹」の観念を有し、「ミツバ」「三葉」の称呼、観念を有する本件商標とは商取引上紛れる点が毫もなく混淆されないものである。(なお原告代理人は紋章における多数の事例を引いて、審決のいうところが、社会通念の違つていることを示し、審決のいう「社会通念」が拒絶用語としての乱用に過ぎないことを主張している。)

(二)  本件出願商標の「三葉」「みつば」は、「せり」科の多年生草木で別称を「みつばせり」という食用植物の固有名詞を有する「みつば」(連合商標の図形も「みつば」である。)を指すものである。従つて本件商標の登録を拒絶せんとするならば、固有名詞の「みつば」が既に登録されていたことを要するものであつて、固有名詞の牡丹や桔梗がその葉が三つよりなつていても、これを以て、直ちに引用商標が「三葉」「みつば」であるとの理論は成立しない。また引用商標のような図形を、一般に食用植物の「みつば」と呼んでいることも未だ曽て開いたことがない、かかる事実を無視し、本件商標と引用商標とが類似するとした審決は違法である。

引用商標が審決のいうように、「みつば」でないことは、引用商標の登録後において、同一指定商品について、三つの葉の図形からなる商標が第三六九、九七四号、第三六九、九八二号として登録されていることによつて明白である(甲第十九、第二十号証参照)。

(三)  元来商標は自他商品を甄別する標識のものであるから、審決のように、本件商標が引用商標の登録出願前取引者又は需要者間に広く認識されていることが認定されるならば、本件商標を付した商品は、原告の製造販売にかかる商品であることが取引者又は需要者間に認識されるものであつて、引用商標を付した商品とは截然区別され、取引上混淆を来すようなことが全然なく、本件商標が当然登録される適格を持つていること審決自体これを認めていることになる。しかるにもかかわらず、これが登録を拒絶したことは審決の論旨に矛盾があり取消を免れない。

(四)  原告は抗告審判において、意見書(甲第六号証)を援用し、引用商標は、その所有者の代表者岩崎氏の紋章の笹であることを主張した。しかるに審決は、この主張に対して何等の説明をもしていないことは、審理を十分に尽していない証拠であつて、審決はこの点からも違法である。

(五)  本件商標は、登録第三五六、八一六号、第三五八、四六六号、第三六二、二一四号の連合商標として、その登録を出願したものであり、これらの連合商標は、「三葉」「ミツバ」の図形と、「株式会社三葉製作所」又は「エムミツバ」の文字を結合したものであるから、「M」の文字や「三」の文字が重合されても、「ミツバ」「三葉」の称呼、観念を有し、引用商標と截然区別されており、引用商標が登録されているにもかかわらず、これらの連合商標が登録された所以のものは、これらの連合商標と引用商標とが、外観、称呼、観念も異るからである。しからばこれと連合する本願商標も、また当然登録される筈であつた。しかるに審決がこれを拒絶したのは、商標類否の判断を誤つた違法のあるものである。

第三、被告の答弁

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対して、次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、これを認める。

二、同三の主張は、これを争う。

(一)  紋章として竹又は笹の葉は、一般に元を丸く先を鋭くした形状を以て、一点を中心として下方に向つて放射状に表わされるものであつて、引用商標のように塗り潰しの楕円形の中央に白抜きの細い縦線を表わした図形を三個等角放射状に組み合せたものではない。また紋章においては、上記のような楕円形の図形は、植物の葉を表現するために普通に使用されるところであり、三個の葉を等角放射状に組み合せた図柄は「ミツバ」(三葉)の名称を有するものであり(例、三葉牡丹、三葉桔梗)、この事実に徴しても、引用商標からは「ミツバ」(三葉)の称呼、観念が生ずるものといわなければならない。

(二)  本件の出願商標の採択理由がどのようなものであつても、「三葉」又は「みつば」の文字が必ずしも食料植物の一種である「ミツバ」のみを表わすものではなく、単に「三枚の葉」をも意味する場合も少なくないことは上記紋章の例に徴しても明らかである。

(三)  原告が抗告審判において、「三葉」及び「ミツバ」の文字からなる標章が本願の指定商品の一切について昭和十二年から使用され、現在では取引者又は需要者間に広く認識され著名の商標であることを立証するために提出した証拠の発行者は、いずれもこのような事実を証明する権限を有するものでなく、またこの程度の証拠資料を以つてしては、その事実を認めるに足りないし、仮りにその事実が立証されたとしても、引用商標が商標法第二条第一項第八号に違反して登録されたことを理由として、その登録を無効とすべき主張理由となるのみで、引用商標の登録が現に存する以上、本件の商標を登録すべき事由とはならない。

(四)  については(一)において前述したとおりである。

(五)  本件の商標が、たとえ既登録の商標と連合の商標として登録出願されたものであつても、これについて審決記載のような理由が存する以上、その登録を拒否されるのは当然であり、しかも右既登録の商標は、その登録にあたり、引用商標が単に「ミツバ」であるのに対し、「エムミツバ」であつて非類似のものであるとする原告代理人の主張が認められて登録されたものであることを、念のため指摘する。

第四、証拠〈省略〉

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の各事実は、当事者間に争がない。

二、右当事者間に争のない事実及びその成立に争のない甲第一号証によれば、原告の本件登録出願にかかる商標は、別紙記載のとおり、「三葉」の文字を縦書にし、その下に「みつば」の文字を左横書にして構成されておるものであることが認められる。そして右構成よりして、これが「ミツバ」の称呼を有することは明らかであり、また人々はこの商標により、「三つの葉」の観念をいだくことは疑がない。原告代理人は、この商標は、原告の他の登録商標(その成立に争のない甲第二十二号証)によつても明らかなように、「せり」科に属する多年生の食用植物で別称「みつばせり」を指すものであり、単純な「三つの葉」ではないと主張する。なるほど右の商標の構成、ことに「みつば」の文字により、その成立に争のない甲第二十二号証に記載せられ図形のものと同様、これより、原告のいう「みつばせり」の観念をいだく人も決してなくはないであらうが、右商標によつていだく観念が、「みつばぜり」に限られるとの事実は、これを認めるに足りる証拠はなく(ことに、その成立に争のない甲第十三、十四、十五号証によれば、本件商標がその連合商標とせられる原告の登録商標の各図形も、「みつばぜり」とは見られない。)、むしろ多くの人々に取つては、本件商標は、単純に「三つの葉」を意味する商標と理解せられるものと解せられる。

三、次にその成立に争のない乙第一号証の一、二によれば、審決が引用した登録第三一六、二〇九号商標は、別紙記載のように、中央に細い縦の直線を残し、他を塗り潰した紡錐状の小片三個を等角放射状に配列して構成された図形であることが認められる。もとよりこの商標は、原告代理人も主張するように、一つの図案に外ならないが、この商標を付した商品を見たり、取り扱つたりする人々が、果してこの商標を何と呼び、またこれによつて何を想起し、これを記憶するかについて判断するに、これらの人々の大多数は、その図形よりして三枚の小葉からなる草木の葉を想起し、これが何の植物の葉を意味するものか必ずしも明白でないだけに、これを付した商品を単に「三つ葉」のマークを付けた商品として記憶し、これを「三つ葉」印の商標と呼ぶことが極めて自然であると解せられる。

原告代理人は、極めて多数の紋章上の事例を引用して、仮りに右の図形が植物の葉を表わすものとすれば、これは竹であり、その描出模様から「陰三枚笹」を図案化したもので、「カゲサンマイササ」と呼ばれ、「裏三枚笹」と観念されるべきものであると主張し、審決の紋章上の事例を引いて種々論及しているが、本件指定商品である電気機械器具等の取引者、需要者の大多数が、原告主張のような紋章上の知識を有しているものとは到底解されず、従つて、それらの人々が本件商標をいかに見、呼ぶかを判断するについて、そのような紋章上の知識、約束を引いて論ずること自体が、すでに当を得ていないものといわなければならない。そしてこれら紋章上の知識、約束を外にして、本件引用商標が、原告の主張するように、「竹の葉」、「三枚笹」の図案化したものとは認められない。

四、以上認定するところによれば、原告の出願にかかる本件商標は、審決の引用にかかる登録商標と、その称呼、観念を同一にし、その指定商品も互に牴触するものであるから、商標法第二条第一項第九号の規定により登録することができないものといわなければならない。

五、原告代理人は、本件出願の商標は、(一)引用登録商標の登録出願前から使用され、当時すでに取引者需要者間に広く認識されていたものであり、(二)これを以ても両商標は類似せず取引上混淆を来すことがないと主張するが、(一)の事実は商標法第二条第一項第八号の規定により、引用登録商標の登録無効審判請求の事由とはなり得ても、登録商標と類似の商標を類似の商品について登録することができないとした同法第九号証の規定の適用を阻むものではなく、また(二)については、前述したように同一の称呼及び観念を有する二つの商標が、同一又は類似の商品について使用される以上、取引上の混淆を生ずる虞がないものとは解されない。

原告代理人は、また、本件商標がその連合商標として登録を出願した原告の有する登録第三五六、八一六号、第三五八、四六六号、第三六二、二一四号各商標及び第三者が登録を出願した第三六九、九七四号、第三六九、九八二号各商標が、いずれも「三つ葉」を要部としているものであるにかかわらず、引用商標登録後において登録されておる事例を引いて、引用商標が「三つ葉」の称呼及び観念を有するものでないことを主張するが、これらの事例が存在したとしても、そのことは当然に、本件商標の登録を許可せしめなくてはならないものではなく(ことに、その成立に争のない甲第十三、十四、十五号証によれば、原告の有する前記各登録商標は、本件商標と必ずしもその構成を同一にするものでないことが認められる。)、これを以て前記判断を覆すことはできない。

六、以上の理由により、原告の本件出願にかかる商標を商標法第二条第一項第九号の規定により登録することができないとした審決は適法であつて、これが取消を求める原告の本訴請求はその理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決した。

(裁判官 原増司 山下朝一 入山実)

本件出願商標〈省略〉

引用登録商標 第316209号〈省略〉

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